きよさんの声
2026年01月03日
年末の朝早く、普段なかなか手が回らない窓ガラスを念入りに磨いていると、ふと「きよさん」のことを思い出しました。
いえもっと正確に言えば「またしても」彼女が私の脳裏を駆け抜けてゆきました。
きよさんは江戸後期の人で、大名家(あるいは大身の武家?)へ輿入れした姫君に付き随い共に婚家の奥に入った御付侍女です。
彼女が年若い女主人のために心を砕き手ずから認めた「御心得書」を当店が扱ったのは、数か月ほど前のことでした。
少しだけ上質な紙に漢字かな混じりのたおやかな筆文字で記された条々は、一見したところ「往来物を写したのかな?」という風情なのですが、冒頭から10秒も読めばどうやらそんなヤワな代物ではないことに気付きます。
前書はこんなふうです。
「御心得にもなり申すべくやと存じ候事ども折ふし書付け置き候まま記し進じ候 たばこ入れと一所に御置き くりかへしご一覧候やうにいたしたく存じ候 又存附候事も候ハヽ書き添え候事もあるべく候…(以下略)」
これに続く十数ヶ条の進言は、平日召仕に対する命令の要領、合点のゆかない状況に直面した時の振舞い方、「きよ」には心を打ち明け決して隠し事をしないこと、朝起きたらまず「きよ」と共に奥向きを掃除すること、人を諫めるのはきよに任せて自分はそ知らぬ顔をしていること等々、いずれ奥向き一統を差配する立場となるべき年若い女主人が、まずは婚家の人々の信望を得ることができるよう、立ち振る舞い方や心の持ち方について具体的で平易な言葉で教え諭すように述べ、ときにやわらかい言葉で厳しく諫めています。
ひとたび読み始めるとそのライブ感溢れる文章に、もはやとうにこの世にいない「きよ」さんという女性の鼓動や体温さえ感じ、彼女とその女主人が託つ言うに言われぬ感情に思いを致し、「共に立ち向かう」という強い気持ちに圧倒され、時間軸を飛び越えて肉声を聞いたような錯覚に囚われます。末尾はふっつりと途絶えたような断筆で、そのことがまた得も言われぬ余韻を誘います。
とはいうものの…。
以上の情報は、本文を読んだ私の推測にすぎません。
きよさんが仕えたのはいったいどこの家の姫君なのか? 婚家はいずれの家なのか? 彼女たちの身分は? 出身地は? 厳密にはいつの人? この本の中にはそうした基本事項を明らかにしてくれる識語や奥書は見当たらず、実際のところ(私の力量では)彼女たちについてわからないことだらけです。
どこの誰だかわからない「きよ」さんは「誰でもない人」と片付けられてしまいそうですが、彼女が「御心得書」の中に残した言葉たちは、かつてたしかに存在し自らの領分で闘った女性の声そのものなのです。
日常の中で不意にきよさんの面影が過るとき、「私は彼女たちの声をきちんと手渡すことができるのかな?」と思い、なんといいますか、しょんぼり立ち尽くしてしまいます。
それでも、今日は少しうれしいことがありました。
「御心得書」をお求めくださったお客様が、思いがけず、この史料へのお取り組みの予定を知らせてくださったのです。
ありがたいなあ…と安堵。
がんばろうとしみじみ思う本日は正月3日。
よい年明になりました。